ナグラ・ビーチ:南の島のパラダイス


(注:この部分は、以前MSNの「Spaces」に投稿し、掲載されていたものであるが、Spacesが廃止にになり、掲載記事は「Word Press」に移管され、付属していた写真は消失し、文章のみとなっていた。その後、写真を付け加えて、後記の記事となった際に、非公開としていたのであるが、コメントが付け加えられていたので、この際、公開することにしました。同様に非公開にしていたそのほかの部分も含め、全て再公開にしましたので、かなりの部分がダブっております。ご容赦ください。)

 プエルト・ガレーラ紀行ー南の島にパラダイスを求めて (つづき)
 

l         プエルト・ガレーラ(Puerto Galera) ガレー船の船泊まり

バタンガス港を出航して1時間半、舟はルソン島の南にあるミンドロ島の北端、サバン・ビーチ(Sabang Beach)に到着する。あたり一帯はプエルト・ガレーラと総称され、古くより知られるダイビングのメッカとして知られたところだという。いくつかの集落が付近にあるが、その中でもサバンビーチは最もにぎやかな所らしく、たくさんのゲストハウス、レストラン、バー、その他のお店などが密集している。ただし、海岸は遠浅の砂浜で、フェリーなどが、接岸できるような施設は無い。ここでマニラから高速バスに乗ってきたヨーロッパ人たちは大きな荷物と共に、殆ど下船してしまい、船はガラ空きになった。

 我々の乗ったバンカー・ボートはそこから西へ向かい、スモール・ララグーナ・ビーチ、ビッグ・ララグーナ・ビーチ、ココ・ビーチとにぎやかな海岸の集落を左手に眺めながら、やがて島々が入り組んだ入り江の船着場―プエルト・ガレーラ港に到着した。その昔、スペインのガレー船が台風を避けて、停泊した場所だそうである。ムーリェ・ベイ、ムーリェ・ピアーと名前が付いているが、港というよりは船着場と呼んだ方がぴったりするような所である。日本で言うと愛媛県の宇和島港が、そこに停泊している船舶を別にすれば、よく似ている。ここが一応このあたりの中心らしく、プエルト・ガレーラ・プロパーなどと呼ばれているようだ。バランガイ・ポブラシオンという地名もあるが、それはこのあたりとさらに少し南へ下がったあたりを含めて指すようだ。船着場には、切符売りのお姉さんかおばさんが一人入るのがやっとのような小屋が2-3軒と、その向かいに道路を挟んで、鄙びた食堂が4-5軒並んでおり、角を曲がると、傷んではいるが舗装された自動車道路が走っている。それに沿ってサリサリストアやそれより少し大きい雑貨屋、お土産屋などが10軒ほどかたまっている。

 

l         現地の交通機関 -トライシッケル-

付近には地元の人がトライシッケルと呼んでいる、オートバイの横に日本のリヤカーのような車台をくっつけ、その上に2人用の座席をおき、屋根を葺いたようなサイドカー付きのヴィークルが並んで客を引いている。このプリミティブな交通機関はマニラではマカテやマラテ・エルミタ地域では殆ど見かけないが、クバオやパラニヤケ、あるいはモンテンルパなどの周辺地域ではよく認知された交通機関として幅を利かせている。この乗り物は、現地の人達には特に問題はないようだが、我々日本人にはちょっとしんどい乗り物である。サイドカーにはスプリングとかショックアブソーバーなどという乗り心地を良くするような装置は付いていないようで、凸凹道を走ると、非常な衝撃が地面から伝わってくる。足を伸ばすと臀部から腰部にかけてかなりの疼痛が走る。足を縮めて背中を伸ばすと、車が跳ねた拍子にサイドカーの天井を形成する鉄骨に頭部が打ち付けられる事になる。一人で乗るときは、現地の人はオートバイの後部座席に座っている。その方がきっとクッションが良いのだろう。

 

l         ナグラ・ビーチ ―静けさの天国―

ナグラ・ビーチはプエルト・ガレーラのムーリェ埠頭から、西方約5kmにある。日本人の名倉英次郎さんによって開かれたビーチで、ダイビング客のための宿泊施設とレストランがある。名倉さんが2年前になくなってから、奥さんのウィ-リン(Welyn)さんが取り仕切っている。数人のメイドさんやボーイさんがいて、毎朝一生懸命庭や室内の掃除をして、きれいに保たれている。メニューも豊富でおいしい。以前は日本人のダイバーが多数来て、半年も滞在していた人もいたそうだが、最近は誰も来ないという。そのはずである。インターネットでNagura Beachを検索するとヒットするが、そこに出ている電話番号が間違っているものもあるからだ。特に外国版の検索エンジンなどで調べるとそんな結果になる。日本語の検索エンジンで調べるに限るようだ。正しい番号は平成193月時点で、091-7744-8906、日本から掛ける時は、6391-7744-8906となる。携帯電話である。いわゆる電線で電話会社につながった電話は無い。前述のサイトにあるアジアジャーナリスト・ 松田 健氏と名倉さんのインタビューによると、名倉さんはビジネスを持ち込まれるのがいやで、電話は引かなかったそうなので、その伝統を受け継いでいるのだろうか。ただし、ウィーリンさんは英語は話すが、日本語は全くだめである。彼女の妹さんは日本人と結婚して日本に住んでいるそうで、小学校6年生だかの子供をお伯母さんが預っており、毎朝トライシッケルで学校に送って行っている。この妹さん夫婦が将来ここに帰って、跡を継ぐことになれば、また日本からの客が増えることになるかもしれない。

付近は漁村で浜辺には漁船がたくさんあるが、観光用の施設は何もない。至って静かな雰囲気の中に、時間が止まっている。日陰になっているベランダの椅子に座って、海から椰子の梢やブーゲンビリヤの花をそよがせて吹いてくるそよ風に当たりながら、サンミゲル・ビールのビンを空けていると、天国ならぬ極楽である。私には天国よりも極楽のほうが実感があり、望ましい感じがするが、スピリチュアル・ベイセスの違いによるものだろうか?

東に行けば先ほど着いた波止場を通り越して、更に23kmのところ、波止場の付近も含めてポブラシオン地区(バランガイ)と呼ばれているらしいが、そこにカラオケ・バーが45軒、サリサリストア他、ホテルなどがある。その中にYokota Sea Clubという日本人の経営らしい宿泊施設もあるが、現在改装休業中である。更に山を越えて78キロも行けば、最初に船が着いたサバンビーチに至る。前述のようににぎやかな観光地である。名倉ビーチから西へ向かうと、ホワイト・ビーチに出る。こちらは多少鄙びていて、お店や食堂も並んでいるが、サバンビーチに比べると静かで、海がきれいだ。 (つづく)

 

 

       

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