レイテ紀行・美しいレイテ湾


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~海征かば水浸く屍、山征かば草生す屍~ フィリピンのレイテ島はフィリピンで7番目か8番目に大きな島のようだが、そこは太平洋戦争中、米軍が再上陸し日本軍と激戦を展開した地点である。またマルコス元大統領の夫人イメルダさんの故郷でもある。しかし,このレイテ島と東隣のサマール島を含む東ビサヤ地区は、フィリピンの「最貧地域」でもあるという。従って、物価は安いと思われ、長期滞在(ロングスティ)には、適しているのではないかと思われるが、戦争の後遺症もあるだろうから、現地人の対日感情はどんなものか、先ずは訪問してみることにした。
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上の写真は、レイテパーク・リゾート・ホテルの客室からの眺めである。現前に広がる海はレイテ湾(Leyte Gulf)の更に奥まった部分、サン・ペドロ湾(San Pedro Bay)である。向う側に見える陸地はサマール島だ。レイテ島とサマール島の間は、サン・ファニーコ(San Juanico)水路と呼ばれる、狭い海峡となっており、その上にはサン・ファニーコ橋と呼ばれる橋が架っていて、現地の人が「東南アジアで最も長い橋」と自慢している。太平洋戦争で、フィリピン奪還を目指したマッカーサー元帥を総司令官とした米軍が反攻上陸した地点は、写真の向かって右方向(南側)にある。かって上空を日本軍の零戦・神風特攻機や米軍のグラマン機が飛び交ったとは思えない、平和な海である。朝焼けや、夕暮れのレイテ湾は美しい。ここにその写真をいくつか示す。

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レイテ紀行・美しいレイテ湾」への3件のフィードバック

  1. ミンダナオ島北部のスリガオから車ごとフェリーを利用してレイテ島南部のリロアンまで何度も出かけました。
    リロアンの波止場に場末のカラオケバーがあり、そこで歌いました。
    青春時代の懐かしい思い出です。
    レイテ島南部の海は人がいなくてきれいですね。

  2. ダバオ市内ですが町外れにミンタルという小さな村があります。
    私はそこで小さな橋を一つ掛けました。(ODA政府開発援助プロジェクト)
    20メートルくらいの短い橋(単純桁)ですが、地元のために役立てました。
    この橋を渡ると徒歩で15分くらい登りつめた場所に日本人墓地があります。
    ミンタル日本人墓地です。
    おびただしい数の軍人さんたちの氏名が石碑に刻み込まれていました。
    毎年お盆にはたくさんの日本人が団体でやってくるという話しです。
    橋のたもとに墓守(はかもり)の老人が住んでいましたが、工事中は私の友人となってくれました。
    美しい娘さんが一人いました。

  3. 私が造った橋発見!
    上から4番目の写真です。
    懐かしいですね。

    http://www.geocities.jp/bane2161/davao7.htm

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