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カオハガン紀行(4)ボッタクリ文明の侵入


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一行の中に、甲殻類アレルギーの者がいたので、エビやカニの類は一切注文しなかったのだが、どんどん出てくるのだ。変だなと思ったが、そういうものは全て返品して、或いは返品したつもりで、いざ支払いの段となってその高い勘定書に驚いた。

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合計17,600ペソ、日本円で44,000円(当時のレート1p2.5円)である。マカティのシャングリラ・ホテルにあるマニラでは超一流といわれる中華料亭「上宮飯店」で北京ダックやフカヒレなど3人で食べきれないほど食べても10,000ペソぐらいだ。それ以上の値段である。この田舎では、少し高すぎる。どうも、まだ昼にもなっていないのに、ここへ寄ったことが怪しい。船頭と飯屋がつるんでいるようだ。舟人足共の昼飯代も皆含まれているのだろう。歌舞伎町の“ぼったくりバー”顔負けの、レストランである。

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この勘定書では、どうしてこの価格になったのかわからないので、「どの料理は幾ら、どの料理は幾ら」、と書いた明細書を出してくれるように頼んでみたら、ママさん兼調理主任らしいアテ(小母さん乃至お姉さん)が出てきて、“アソーテド”なので明細は不明だという。おまかせ料理というつもりらしい。それではメニューを見せろと言って見た。もっともこういうことは最初に言うべきことなのだが、“アイランド・アフェアー”と言うことで油断していたわけである。メニューも用意していないという。この辺は“島の事情”だ。昨日マクタン島のレストランで、ラプラプの焼魚他、アドボ、シニガンなど3人で食べ放題に食べて、700ペソ(1,750円)だったので、その延長線上で、2000ペソか観光地なので3000ペソぐらいに考えていたのだが、これはチョッと性質(タチ)が悪い。こういうボッタクリを繰り返すと、客が来なくなるので、自分で自分の首を絞めているようなものだが、頭の悪いワルがこの辺りに、蔓延(ハビコ)って来ているようだ。

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日本式問題解決法

こういう時は大声で怒鳴るにかぎる。日本語で十分である。英語や現地語を使う必要はないのだ。怒っている事は誰にでも分かるし、意味が分からないだけ余計に効果があるのだ。大声で「この馬鹿ヤロー!こんな高いもの払えるか!書き直して来い!」と言ってみた。この方法は、インド、インドネシア、フィリピンでは実証済みで、効果があることが分かっているが、日本、韓国、中国では使用しないほうが良いだろう。北アジアの連中はしょっちゅう喧嘩をしているので、一寸ぐらい怒鳴られてもへこたれない。かえって薮蛇になることが多い。ソウルや上海などでは街を歩いていると、いきなり殴り合いに出くわすことが多いが、東南アジアやインドでは喧嘩は見たことが無い。スリランカで暴威を奮っているタミール族も、本拠地チェンナイ(旧マドラス)では大人しいもので、そこではイスラムもヒンドゥーも、隣合わせに寺院があっても喧嘩をすることはない。タミール人の“イーラムの虎”が暴れているのは何故だろう?フィリピン人は特に怒鳴られるのには弱いようだが、何故だろう?300年にも及ぶスペイン人による統治の影響だろうか?

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効果はてきめんである。アテが早速書き直してきた勘定書を見ると、11000ペソ×5人分で5000ペソと大雑把な勘定だが一応明細にはなっている。それにビールや飲み物の代金は細かく書き加えて、合計6,500ペソ(16,250円)だという。一挙に半分以下になったが、まだ、十分に高すぎる。この半分ぐらいが正当な値段だ。しかし、舟に乗ってきた連中やら、魚を取ったり運んだり等、多くの関連企業?の皆さんが何とか食っていくにはこのぐらいの金が必要なのだろう。と考えるのが日本人の甘く優しい所で、東南アジアの人々から好感を持って(ある程度馬鹿にされて)迎えられている(たかられている)所以であろう。韓国人やオーストラリア人はシビアに値切るので嫌われている。中国人は徹底的に値切った後で、チップだと言って最初の値段を支払うという、不思議な取引(朝貢貿易の名残か)をするので尊敬されている。

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そんな事で、この辺で支払うことにし、500ペソずつ数えながら、相手に渡し、五千ペソになったあたりで、「時蕎麦」よろしく、It’d be OK!と言ってみたら、アテ・ママはニコニコして、サンキューと、握手をしてチップも要求せず去っていった。何れにせよ天国の近くまで地獄が迫っている事が分かり、大変良い勉強になった。

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サマール紀行(3):東サマール州リョレンテ


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 東サマール州のリョレンテ(村のようにしか見えないが「市」らしい)は、州都ボロンガンより30kmほど南にある、海岸沿いの村落集合体である。ここより東側は、ずーっと太平洋で、遠くにグアムやサイパン、テニヤン等の島々があり、かっては日本の連合艦隊が遊弋し、現在では米国太平洋艦隊の原子力空母が常時パトロールしている戦略的に重要な海域で、またごく最近では、中国艦隊もロシアから購入した中古空母と、自国製の新造空母で、アメリカの縄張りに割り込んで来ている場所なのだが、地元の人間にとっては、そんなことは全く関係のない事のようで、問題にしている者はいない。
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 海岸沿いは全て珊瑚礁で覆われている。青い珊瑚礁などと言えば聞こえは良いが、ゴツゴツした岩の塊(珊瑚の死骸)が堆積した海岸は、素足では歩けない。水が引くと、そこここの水溜りに魚が落ちているので、ゴム草履を履き、バケツを片手に魚を探し晩御飯のオカズにしようと、付近の住民が歩き回っている。海岸沿いはサンゴが堆積し、5-10メートルほどの小山を成し、ココナツ椰子の樹が生い茂って、道路から海は見えない。海が見える所は珊瑚がなく、そういう所は大抵川の出口で、バンカ船が集まって港になっている。
 Mr. Kalsada(道路 )のエヴェルドーネ氏(Mr. Everdone)が完成させた、東サマール唯一の街道の西側には、所々に耕作地らしいものが見えるが、訪問した4―6月には、ほとんど耕作はされず、ただ、草原が広がっているだけで、そのほかの土地は椰子の木に覆われ、そこからさらに西側は、山に至るまでは平地か丘陵地帯が続いているはずだが、どうなっているのか、車上からは、皆目、検討が付かなかった。かって、大戦中に迂回して敵を攻撃しようとして、山岳地帯に入り込んだ日本軍も米軍も、みな道に迷い難渋したというから、結局、原始の森が今なお、広がっているのだろうか。
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