タグ別アーカイブ: 2nd World War

レイテ紀行・レイテに戦跡を訪ねて


CIMG0381
レイテはかっての大戦において、日米決戦の舞台となった島である。太平洋戦争も後半戦に入ると戦局は反転し、ミッドウエー海戦以降攻守処を変えることになった。「アイ・シャル・リターン」” と退却時に大見得を切ったマッカーサー大将(当時)のフィリピン奪還の意気込みは強く、ハワイで今後の戦略についてトップ会談を開いたのだが、ハルゼー提督、ミニッツ提督、およびルーズベルト大統領も彼の意見に賛同せざるを得なかったという。日本軍も「比島」または「台湾」が決戦場となると予想し、「捷一号(比島)」および「捷二号(台湾)」の二つの作戦を練り上げていたという。(大岡昇平・「レイテ戦記」)
CIMG0104
昭和19年10月20日、マッカーサーを総大将とする米軍がレイテ湾に侵入し、レイテ島東岸タクロバン近郊に上陸するのであるが、当時この地を守っていた第16師団は長期持久戦の構えで、縦深陣地を構築していたため、米軍は比較的容易に上陸し、進攻して北岸(カリガラ湾)まで達してしまう。この時、やっと捷一号“決戦”命令が発令され、第一師団約1万名の将兵がタクロバンの反対側、レイテ島西岸のオルモックに上陸し、北進してカリガラ湾を望むリモン峠で米軍と遭遇し激戦が展開され、先遣の第16師団、決戦第一陣の第1師団、後続の第26師団も殆ど全滅したという。


ここに示すいくつかの「記念碑」の写真は、これらの激戦地のものである。